銀座千と一の物語- 第16話 心の軌跡 (完)

                    藤 田 宜 永 (「銀座百点」 7月号.No.692.2012年.発行: 銀座百店会)


彼女が後年,再婚したと聞いたときは少し救われた気がしたが,一昨年,膵臓癌で他界したと知ったときは,ふたたび暗い思い出が胸を覆った.
あの事件以来,深い悔恨と無常観が私の心から消えることはなかった.しかし,酒に溺れることもなく,人前では笑みを絶やさず,この歳まで生きてきた.
私は真紀子に,妻も娘もすでになくなったとだけ告げた.
「それはお寂しいですね」
「いいえ,ちっとも.ひとりは気楽です」
孤独死が取りざたされているが,私はひとりで朽ち果ててもかまわないと本気で思っている.
「私はやっぱり,ひとりで老いていゆくのは嫌だわ」
「でも,あなたにはお子さんたちが.....」
「子供達の世話になるつもりはありません.お墓も別でいいって思いましてね.墓友をつくりました」




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    M9+Tele-elmarit 90mm F2.8 (3rd)







「墓友?」
「ご存じないですか?」
私は首を捻った.
「同じ墓地で眠る人を墓友と言うんです.みんなで一緒の場所に葬られるんです.墓の管理も大変だし,お金もかかるでしょ.子供達によけいな負担をかけたくないんです.大和田さんもどう? 一度,私の墓友に会ってみませんか?」
「いきなりそう言われても」
「墓友って言うと,暗いイメージを持たれるかもしれませんが,同じ墓に眠る皆さんと,生きてる間に愉しくやろうって言って集まってるんですよ」
「なるほど」
「墓友になるかどうかは後の話として,記録係になって,私たちの写真を撮ってください」
邪気のない真紀子の笑顔を,私はじっと見つめた.
「どうかしました?」
「撮りましょう.写真,撮りましょう」
私は決意を込めていった.
「そんなに気張らなくてもいいですよ」
真紀子がくすくすと笑った.
「気軽に遊びに来てください」
「リコーのギャラリーでお会いしたことに,不思議な縁を感じてしまって,つい力が入ってしまいました」
私は照れ笑いを浮かべた.
コンタクトシート.ふとこの言葉が脳裏を過ぎった.
屈託のない明るい真紀子である.しかし,心の中に,人には決して見せない人生の一コマ一コマがプリントされたコンタクトシートを隠し持っているのかもしれない.その中から,なんとなくこれが良いと思えるものを無意識に選び,時には意識的に修正し,他人と相対してるのだろう.
それは私にも言えることである.
私は真紀子が気に入った.しかし,深いつきあいをしようとは思っていない.すっと心に入ってきた真紀子とときどき会えれば,それで満足である.
墓友と楽しんでいる真紀子の写真をたくさん撮ってやろう.そのうちに,彼女の心の軌跡(コンタクトシート)が自然に見えてくるかもしれない.そうしたら,それはそれでいいではないか.
家に戻ったら,私の人生を変えた愛するカメラを27年ぶりに手に取ってみよう.
私は,真紀子の横顔をカメラマンのような気分で盗み見た.
                                                                    (第16話完)



藤田宜永: 「愛の領分」で第125回直木賞を受賞.夫人は直木賞作家,小池真理子氏.




銀座に出かけ,ふと入った店で,カウンターの脇を見ると 「銀座百点」を置いてることがあります.この小冊子は,銀座百店会に加盟しているお店で出している機関誌というか,ミニコミ誌です.1955年から続く息の長い雑誌.一部263円だが,お店を利用したお客はいただける.行きつけのお店の帰りがけによくいただく.
帰途,地下鉄電車内での時間をつぶすのには100ページあまりの恰好の読み物だ.
さすが,銀座の名店の加盟する会誌だけあって,寄稿する有名人は多岐に渡り,なかなか楽しませてくれる読み物です.例えばこの7月号でも,二宮清純,出久根達郎,名取裕子,沢村田の助,市川右近,東直子... といろいろな分野の方が登場している.
 今回は,直木賞作家,藤田宜永氏の連載短編がカメラにまつわる物語だったので,三回にわたり紹介いたしました.こういう小冊子に発表された作品はあまり目にすることはないのではないかと思い,収載いたしました.この歳になるとなにやら多少は分かるこの第16話の香りに惹かれました.

ミニコミ誌で好きな一つに,京都室町和久傳の発行する「桑兪」がある.和久傳を訪れたときにこれををいただくのが愉しみのひとつでもある.




≫7月23日より写真展やりまつ馬耳東風
  (タイトル,ギャラリー住所をクリックすると,アクセスなど分かります)
Commented by momoto0 at 2012-07-09 23:15
 最後まで読み終わって、写真を見直して
う~んとうなずいております。
最初は勘違いしていた口ですが (^^;ゞ
Commented by speedstar-dhy at 2012-07-09 23:41
こんばんは。
読み終えて、さわやかな気分になりましたというのが率直な感想です(*^_^*)。この写真もつながっている感じで素敵です。
銀座百店、見かけても手にしたことはありませんが、読んでみたくなりました(*^_^*)。
Commented by yuki at 2012-07-10 20:59 x
Neoribatesさん、こんばんは。
 読ませていただきました。

  わたしも、真紀子さんに魅かれます^^。
Commented by Neoribates at 2012-07-10 23:21
momoto0さん,
どうも失礼しました~
子持ちの写真撮っている人間には起こりそうなシチュエーションですね.
Commented by Neoribates at 2012-07-10 23:22
speedstar-dhyさん,
こんばんは.
そう言っていただけたらうれしいです.少しは内容に即させようと思いましたが,よく合った在庫がなくて...
この小冊子,今度見たら読んでみてください.
Commented by Neoribates at 2012-07-10 23:23
yukiさん,
お付き合いくださってありがとうございます.
どんな女性でしょうねぇ.ほんと.
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by Neoribates | 2012-07-09 22:00 | Leica M9 | Comments(6)

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